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中田 浩二

2007年06月01日

中田浩二「やっとという気持ちといよいよという気持ちがある」

Posted by biwafoot at 20:14 │Comments( 0 )
「1日の試合のことを考えれば、一緒に練習できてよかった」5月30日、来日早々、1時間半のフルメニューでの練習を終えた中田浩二は疲れた表情を見せながらも、満足そうにそう話した。

 振り返れば、多忙な1週間だった。5月24日スイスリーグ最終戦を戦い勝利したものの、勝ち点差1及ばず、リーグ優勝を逃す。28日スイスカップ決勝戦では、ロスタイム弾の劇的な勝利で、タイトルを手にした。翌29日には機上の人となり、30日午後成田空港に到着。静岡に移動し、夕方7時からの練習に合流。

「そりゃ、疲れましたよ」それでも、代表にでプレーできる喜びは格別だろう。思えばドイツワールドカップ以降、約1年の月日が経っていた。「02年のワールドカップでは先発で試合に出られたけれど、若さもあって、自分のことしか考えてなかったし、自分のことだけを考えていればよかった。06年のワールドカップ、そこへ向かう日々というのは、先発という立場ではなかったけれど、でもチームのことを考えたし、いろんな意味で勉強にもなったし、成長できた部分はたくさんある」
 99年のワールドユース以来、シドニー五輪を経て、トルシエジャパンでは、欠かせない存在だった中田。続くジーコジャパンでも、鹿島アントラーズで共に過ごした経験を活かすことができた。そして中田は、クラブと代表のふたつのチームでの活動を長く経験してきた。

 しかし、新しく就任したオシム監督は、「所属チームで集中して欲しい」と欧州組の代表招集を見送り続けた。「そのおかげで、僕はバーゼルでのプレーに集中できたし、先発でプレーを続けることができた」
 06-07シーズン、中田は所属するバーゼルで負傷して欠場した数試合を除く、すべての試合に先発出場している。シーズン前半は初めてのセンターバックでプレーし、今年に入ってからは左サイドバックで出場し、優勝争いに食い込むチームの快進撃を支えている。

「ヨーロッパで実際にプレーしてみないとわからないことは本当にたくさんある。そういうものを日本のサッカーに還元したいという思いはある」

 年齢的にも20代後半に差し掛かった中田は、自身の経験を代表を通して、多くの選手に伝えたいと思っているが、なかなか招集の声がかからない。今年3月のペルー戦で中村俊輔や高原直泰だけが呼ばれたときは、「監督が選ぶことだからね。いつか呼ばれると信じてプレーするしかない」と語っている。

 そしてやっと、そのチャンスを手にすることになった。「やっと呼ばれたという思いもあるし、いよいよという気持ちもある。代表は、新しい監督だし、新しいチーム、そして一緒にプレーしたことのない選手も多いからね。初日の今日は緊張もしましたよ。でもいい意味で新鮮な気持ち。もう立場的に上の年代だし、チームを引っ張っていかなくちゃいけないという気持ちもある。黙々と練習をしている選手が多いと感じたから、声を出していきたいしね。そうやって積極的にチームに中に入っていきたい。今いるメンバーは1年間しっかりとオシム監督のもとでやってきたメンバー。彼らから学ぶこともたくさんあると思うし、とにかく早くこのチームになれて、監督が要求するプレーをしつつ、自分の持っているものをしっかりと出せれば、レギュラーとして試合に出ることも可能だと思っている」

 この日の練習では、中田、稲本潤一、高原直泰、中澤佑二、坪井慶介と前代表のメンバーが一緒のグループで練習している。指揮官はそのグループよりも、若い選手が多いグループのトレーニングに目を配る時間が長かった。中田らが指揮官の前でプレーしたのは練習最後の20分間のフルコートを使ってのゲーム形式の練習だけだった。

 監督は新加入の中田や稲本に直接指示を出すこともない。不思議な緊張感は見ている取材陣にも伝わってくる。そんな中、中田がパスミスをすると指揮官は少しあきれたような表情で「ハロー、バーゼル」とつぶやいた。「パスミスしたからね。別にそれだけのこと」中田はさばさばとそう話したが、指揮官の一言で中田が感じ取ったものは小さくはないはずだ。

 全く知らない監督のもとで、自身をアピールしていくこと。それはトルシエやジーコの代表時代とは違う。中田にとって新しいチャレンジになるだろう。けれど、指揮官と選手お互いの情報量が少ない環境は、海外移籍の状況と似ているような気がする。そう考えれば中田が新しい代表で苦労することは少ないだろう。

 オシム監督は以前、「ビルドアップができるDF」「左利きのサイドバック」の不在を日本の弱点にあげている。中田はそのふたつの条件を満たす選手であるだけに、彼の成長には、指揮官も期待しているに違いないのだから。


【サムライ通信】より抜粋
本文

サッカーショップ加茂 2007 J League
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